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こんにちは。

 

広島市内はインフルエンザがすごく流行っているようです。

我が家も二人の子供がいっぺんにかかってしまい、今週いっぱいおうちにお籠りです 

 

母子避難だとこういう時に身動きがとりにくく苦労します。

今回、子ども二人がインフルだと知った避難仲間が「欲しいものがあったら、買って持っていくから何でも言って!」とすぐに連絡をくれました。

我が家はたまたま、発症した日に先週頼んだ宅配が届いたり、小児科がスーパーのすぐ近くで小児科に行ったついでに買い物ができたから、今回はヘルプは頼まず大丈夫だったけど、こういう声掛けがあるだけでとっても心強い。

避難するようなことがなかったら出会わなかった人と知り合えて、いろんな話をして、支え合ってとても不思議な縁だけど、とってもありがたいご縁だなぁと思います。

 

その一方で、今も孤立している避難者の人がいるのではないかということも気になります。

心細く生活していないかと心配です。

どうか「アスチカ」がそんな人たちとこれからも繋がっていけますように…と思います。

<ささ>

18年前 2013.01.17

こんにちは。

今日は18年前に「阪神淡路大震災」が起きた日でした。

黙とうしたり、心の中で手を合わせたりした方も多いのではないでしょうか。

 

18年前、私は東京で一人暮らしをしていました。早朝、とてもとてもゆっくりな、気持ち悪い感じのする揺れに目を覚ましました。「これはどこかとても遠いところですごく大きな地震が起きている」と思いました。そして、テレビで煙の立ちのぼる朝日の中の神戸の姿を目にしました。「これは、同じ日本の、同じ時間を映しているのか」と信じられない思いでした。

 

テレビで伝えられる情報にくぎ付けになりながらも、私はその日普段通りにバイトに行きました。バイト先でも地震の話でもちきりでした。社員の人がどんどん増えていく犠牲者の数字を時々教えてくれました。いっぺんに亡くなる人数として自分の中で理解しきれない人数でした。ただただとんでもないことが起きたと思いました。何が起きているのか知りたくてたくさん情報に触れ、募金をしたりはしましたが、でも、私の普段通りの生活は続きました。

 

東日本大震災が起き、原発事故が起き、私はその6日後に飛行機で福島を離れました。到着した福島から遠く離れた街は普段通りで、みんなおしゃれをして何事もなかったように見えました。ずっとお風呂にも入れず、とてもきれいとは言えない状態でその街の中に立ち、何とも言えない孤立感を感じたり、飛行機に乗る前風景とのギャップにショックを受けていたのですが、今思うと、自分も同じだったな…と思います。

 

阪神淡路大震災の3年後、仕事で神戸に1か月滞在しました。そこで見た神戸の街はきれいで、3年前にテレビで見た街と目の前の街がなかなか一致しませんでした。でも、乗ったタクシーの運転手さんは震災当時の話をずっとしていました。それを聞きながら「そうだ、やっぱり、ここで震災は本当にあったのだ」とやっと感じることができました。世間的には3年たって、たいぶ復興しているという認識だったでしょうか。私もそんな認識だったのだと思います。でも、心は街の復興のようには行っていなかったのかもしれません。今は、話さずにいられなかった運転手さんの気持ちが分かる気がします。

 

自分が被災者、避難者になって、「知識や情報で知る」だけでない、「心で分かる」ということがやっと出来るようになった気がします。今までの「分かったつもり」でいたことが申し訳ない気持ちになることも多々あります。そして、東日本大震災や原発事故で被災したり、避難したりした人へ、今も変わらず心を寄せ続けたり、ボランティア活動をされている方の強い気持ちはすごいことだなと思うと同時にとてもありがたいことだと思っています。

 

18年前からの経験の積み重ねが今、役立てられていると聞きます。3.11の後、全国からたくさんの善意が寄せられましたが、神戸や新潟など被災したことのある自治体の取り組みは特に素早く、具体的なものがあったとも聞いています。今はまだ自分たちの避難生活で手一杯ですが、今の経験や気づきを活かし、今受けているご恩をいつかどこかで返せればと思います。

<ささ>

こんにちは。

 

昨日、広島でも地震がありました。

広島市内北部が震源で、一瞬グラッと揺れただけの、ド突かれたみたいな奇妙な揺れ方でしたね。

震度自体は大きくなかったのですが、3.11以降揺れるたびに

「このまま大きな揺れになるのではないか?」「次に大きな揺れが来るのではないか?」

という怖さを感じるようになってしまいました。みなさんは(精神的に)大丈夫でしたか?

 

さて、1月5日(土)に今年最初の交流カフェを行いました。

 

参加者は初参加の方が7名も来てくださり、16世帯(大人18名・子供4名)。

ボランティアの方にサプライズでぜんざいを振る舞っていただき、お正月らしさも味わえる会でした。

 

今回は関東からの参加者も多く、

福島県以外から原発事故を理由に避難していることがなかなか理解してもらえないなどの悩みを打ち明けておられました。

同じ立場の方は同じ思いの避難者と知り合えたことを喜び、また違う立場での避難者の方は自分とは違う悩みがあることを知ることができたことと思います。

会が終わった後、参加者で連絡先の交換をする姿もたくさん見られ、アスチカの役目のひとつ「同じ思いの仲間を見つける場となる」ということが少し果たせたのかなと思いました。

 

避難者と一口に言っても、避難の理由は地震・津波・原発事故とさまざまです。その思いもさまざまでしょう。大変さもそれぞれに違うと思います。

どんな思いであれ、その思いを安心して口してもらえる場でありたいと思います。

その違いをお互いに知り合い、お互いを思いやり、支え合っていくことをこれからも目指していきたいと思います。

<ささ>

明けましておめでとうございます

 

 広島はキリリと寒い朝でしたが、きれいな青空の広がる年明けでした。

みなさんはどこで新年を迎えられましたか?

 

今年はどんな一年になるでしょうか?

皆さんにとって素敵な一年になることを祈念いたします。

そして、広島で避難生活を送る皆さんの毎日が少しでも落ち着いたものとなるよう「アスチカ」は活動をしていきたいと思います。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

まずは今年最初の交流カフェが今週末に予定されています。詳細は → 

まだ申込みされていない方でも、「やっぱり行きたい!」と思った方はお越しくださいね。

<事務局>

年末ですね。 2012.12.28

こんにちは。

 

クリスマスが終わり、あと数日で新年が来ます。

頭では日にちを分かっているのに年末という実感がなく、一昨日、郵便ポストの投函口が「年賀状」と「普通の郵便」の二種類になっているのに気づき、年末が近づいていることを初めて実感しました。

 

母子避難組は束の間の家族団らんというおうちも少なくないでしょう。

我が家の子ども達もパパの来広を指折り数えています。

避難を始めて間もないころ、次男が久々に会ったパパにどう甘えていいかわからないような態度を見せたことがありました。それがショックだったのですが、パパとの再会と別れを何度も繰り返しているうちに、こんな状況に慣れたのでしょうか、そういう姿も見なくなり、パパに会えた瞬間からママ蚊帳の外、パパにべったりしています。そういうことに慣れるというのも切ないですが。。。

 

今年の年賀状に我が家は

 

「謹んで念芽のごあいさつを申し上げます。

 昨年は思いがけない1年となりました。3・11を経て、皆さまそれぞれに想いを新たにされたのではないでしょうか。まだまだ大変な状況が続くかと思われますが、皆さまの想いが芽吹く新しい1年となりますことを心よりお祈り申し上げます。そして、その新しい芽吹きが皆さまの幸せに繋がりますように。」

 

と書きました。

 

あと数日で終わる2012年。皆さんの想いは何か芽吹きましたか?

悲しいことも悔しいことも落ち込むこともいろいろありましたが、ひとまず、「アスチカ」のスタッフになったことが私にとって一つの芽吹きでした。

日々手探り状態ではありますが、来年もできることから一つ一つ取り組んでいきたいと思います。

 

芽吹き始めた方、想いの種に水をあげる最中の方、想いに合う種を探している方、みなさんそれぞれだと思います。自分に合った種を自分のペースで育てていきましょう。

 

ではでは、みなさま、よいお年を。

<ささ>

広島県の、福島県からの県外避難者に対する応急仮設住宅の新規受け付けの締め切りが12月28日となっています。 → 詳しくはコチラ 

 

「アスチカ」入会後にこのような制度があることを知る方もいらっしゃいました。

会員の方でこの制度を利用できるのに利用していない方はいないでしょうか?

また、会員でない方でも、そういう方いないでしょうか?

みなさんの周りにそういう方、いないでしょうか?

 

この制度を利用される方は申し込みをお急ぎください。

何か相談事があれば、アスチカ事務局までご連絡ください。

<アスチカ事務局>

こんばんは

ご報告いたします。

12月11日(火)に広域避難者支援ミーティングin中国が

広島平和記念公園内の広島国際会議場で行われました。

そこで、ひろしま避難者の会「アスチカ」は提供者として壇上に上がらせていただき

会の設立から今後の活動についてお話をしてきました。

会場には関係者を含み120名以上が会場で交流をいたしました。

避難者の為の避難者の会として他団体の方々と意義のある時間となりました。

ひろしま避難者の会「アスチカ」miu*miu

 

 

不在者投票 2012.12.13

不在者投票、してきました!

 

して来たのですが、失敗したことが2つ。。。

 

自分のおっちょこちょいぶりを知らせるみたいで恥ずかしいですが、同じ失敗をする方が出ないように、恥を忍んで告白します

 

1つ目。

車で15~20分かかる区役所へ不在者投票をしに行ったら、入り口にあった期日前(または不在者)投票についてのお知らせに我が家から車で5分もかからない場所にある出張所の名前が!!「あれー!?」

福島県議選の時、不在者投票は区の選管のみだったので今回も投票ができるのは区役所だけだとばかり思い込んでいたのですが、国政選挙だと違うのですね。期日前投票の会場があちこちに設置されていて、そこで不在者投票もできることになってい投票可能な場所が増えていました。。。

投票所、確認してから行きましょう。

ちなみに広島市内の場合、問い合わせ先は

中区選挙管理委員会       (直)082-504-2544 Fax 541-3835
東区選挙管理委員会   (直)082-568-7703 Fax 262-6986
南区選挙管理委員会   (直)082-250-8934 Fax 252-7179
西区選挙管理委員会   (直)082-532-0925 Fax 232-9783
安佐南区選挙管理委員会 (直)082-831-4927 Fax 877-2299
安佐北区選挙管理委員会 (直)082-819-3959 Fax 815-3906
安芸区選挙管理委員会  (直)082-821-4903 Fax 822-8069
佐伯区選挙管理委員会  (直)082-943-9753 Fax 923-5098  です。

 

2つ目。

期日前投票会場に行って「不在者投票」の旨伝えると、担当の方が来てくれました。

自分で開封してはいけないと書いてある投票用紙が入っている封筒をその方に渡しました。

すると担当の方は「入っていたのはこれだけですか?」 

私「説明文とかの印刷物は入ってましたけど、それも持ってこないと投票できないんでしたっけ?」 

担当の方「いや、投票はこれでできますけど、小選挙区の立候補者の名前とか、ここにはないですけど。。。大丈夫ですか?」

私「  Σ( ̄ロ ̄lll) ガビーン  (そ、そうだった…) 」

はい、私、小選挙区の立候補者リスト、持たずに行きました。

 

言い訳としては、A4用紙が折らないで入れられるサイズで送られてきたので、封筒ごと持ってくるのがためらわれて、投票用紙だけ持って行っちゃったのデス。(そうです、これは言い訳です)

 入れようと思った人の名前は覚えていたけど、下の名前の漢字がうろ覚えで、でも、ひらがなで書くのが何となくイヤで…。

目の前に「投票会場では携帯電話禁止」という張り紙があったので、担当の方を待たせて会場を出て、電話かけて確認しました。

 

何はともあれそんなこんなでも不在者投票、無事に(?)終了してきました。

これから投票に行かれる方はスムーズに投票してこれますように

<ささ>

赤い野球帽 2012.12.12

こんにちは。

今日、車で2,30分で帰れるところから帰るのに、渋滞にはまり家に着くまでに2時間もかかってしまいました。

渋滞覚悟など全くない日常の買い物で2時間の渋滞は疲れました。。。

年末のせいでしょうか、道路工事で起こっていた渋滞でした。

おかげで、今日行くつもりだった衆院選(&最高裁国民審査)の不在者投票に行けず(T_T)

今日は「不在者投票してきました!」と報告しようと思ったのに、書けなくなってしまいました。

 

 

なので、今日は日々の雑感を。。。

 

広島で野球少年がユニホーム姿で歩いているのを見かけると、やっぱり赤い帽子が多い!

地元球団のカラーから考えると当たり前なのですが、今まで暮らしたことがある場所で見る野球少年の帽子は黒っぽかったり白っぽかったりするものが多かったので、野球少年の赤い帽子はなんとも“見慣れないもの”でした。

でも、幼稚園の送り迎えで会う園児の兄弟姉妹たちもたくさん赤い野球帽をかぶっているのですよね。それを日常で見ているうちに、今では赤い野球帽が当たり前のものに見えるようになりました。

 

何とはなしに野球の話をみんながしていて、近所のスーパーにカープグッズが売っていて(サンフレッチェグッズも!)、あちらこちらのいろんな広告で選手の姿を見かけて、チームの調子が良い時はなんとなく街や人の様子が楽しげに見えて…。首都圏で暮らしたことはありますが、こういう地域全体からの愛着のもたれ方はしてなかったような。。。地元に密着したスポーツチームがある広島の街の姿が、なんともいいものだなぁと感じています。 

広島は野球、サッカー、バレーボール、ハンドボールとプロや実業団のチームがいろいろあって地元のスポーツの話も楽しいですね。広島の人には当たり前のことかもしれないけど、これはかなり贅沢な環境ですよ。

 

そして、気付いたことが一つ。私、「広島東洋カープ」のことを広島に来るまでは「広島」と言っていたのですが、広島の地では「広島」とは言わないのですね。(熱心なファンでなくとも)「カープ」なのですね。

広島の地で野球チームを「広島」というのは、広島の人には確かに違和感はあるかも。。。

でも、広島の人がみーんな「広島」ではなく「カープ」と言う、それが、私には広島で「へぇ」と思った一つです。

広島の人はそんなところに「へぇ」と思うのかと「へぇ」と思うでしょうね。

 

今年は一度だけカープの試合の観戦に行きました。マエケン先発で子供たちは大喜び。

プロの試合を思い立てばすぐに見に行ける環境、 せっかくですから利用して、また来年も応援に行こうかな。

 

 

そしてそして、不在者投票は明日してきます。

<ささ>

12月1日に第10回の交流カフェを行いました。

 14世帯25名の参加でした。

 

11月に広島県に協力をいただいて、今まで案内を発送したことのない広島市以外の避難者の方へも「アスチカ」の案内を送らせていただきました。そのおかげで、このひと月ほどで今まで登録のなかった市町からの入会があり、その中から何人かの方が今回の交流カフェに顔を出してくれました。少しずつ輪が広がっていることを実感します。

 

今回は2部制だったのですが、ほぼすべての時間が勉強会に割かれました。その分、それぞれの近況報告や交流の時間は少なくなってしまいましたが、勉強会の内容は満足いただけたようです。それだけ関心の高いものだったのだと思います。

 

また、今回は広島の市民の方が届けてくださった、手編みのマフラーや手袋、電化製品など、希望者で分け合いました。

避難者のことを忘れずにいてくださることに大変ありがたいと思いました。

代表して、この場でお礼を。

ありがとうございます。

 

さてさて、今年の交流カフェは今回が最後でした。次は年明けです。

最後の片づけをしながら「よいお年を」とあいさつしなければいけなかったかと気付きました。

まだ会場に残っていた方には言いましたが、伝えられなかった方、ごめんなさい。

また、年明けにお会いしましょう。

今回来られなかった方も、ご都合つくときはぜひお越しくださいね。

<ささ>

 

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ひろしま避難者の会 アスチカ
メール:hiroshima.hinan@gmail.com
TEL:082-962-8124